February 18, 2005

川魚を焼く青年

きのうは朝から雪がたくさん降った。
林の中やその横の砂利道に積もった雪は、今朝からの暖かな陽射しに融けて、雪面の下に雪解けの川を作っていた。陽射しは温かいが、雪の上を走る風は流石に冷たい。今日は久しぶりに温泉に浸かりに行こうと車を出した。
昼の2時を回った頃、町道沿いに「焼魚」の看板を見つけた。
夏のとある観光地、トイレ休憩に寄ったドライブインで、冷凍された魚を長時間焼いていたのではないか、と思わせるほどカピカピになった鮎を手渡されたことがある。オフシーズンともなると焼き置きの魚が回転しないことは想像に易い。この店ではどんな魚がどのように焼かれて出てくるのかという興味もあったが、何よりも久しぶりに淡白な川魚の塩焼きが食べたくなっていた。
昼飯もまだ食べていなかったし、風呂の前の腹ごしらえにと「焼魚」の看板の前にある砕石駐車場の雪の上に車を止めた。

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車から降りると店から小柄なおばちゃんが現れた。
ごはんが食べられるかと聞くと大丈夫だと言う。
蕎麦屋などに良く見る一枚板のテーブルの並んだ店内席と、ビニールシートで囲まれた下屋の中に魚を焼く囲炉裏があって、その周りにカウンター席がある。私達はビニールの張られた扉を開き、囲炉裏カウンター席に腰を下ろした。囲炉裏の中心には火のついた炭が少し置かれていた。
火から離れたところに串に刺さったものが立てられていたが、それは骨酒用のもののようだった。
間もなくおばちゃんがお茶を運んでくれた。変わった香りのするお茶である。何のお茶かと尋ねると「目薬の木」のお茶だと言う。目と肝臓に良いらしい。
柱に掛けられた黒板が品書きになっていた。定食は「岩魚焼き定食¥1100」と「鮎焼き定食¥1000」、あとは単品で岩魚焼き、鮎焼き、みそもち、そば、うどんのほか、しもつかれなどの一品料理もある。私たちは岩魚焼き定食と鮎焼き定食をひとつづつ注文した。
「お茶は後ろのストーブの上の薬缶に入っているから好きに飲んでください。もう少ししたら魚を焼く人がきますんで」といって、私達はそこに残された。
炭の爆ぜるピシッピシッという音だけが静かに聞こえる。

数分後、ジーンズ地の作務衣を着た丸刈りの青年が現れた。
彼はこちらに挨拶をしてから徐に炭火の準備を始め、火が大きくなったところで下屋の外に出た。

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下屋のすぐ横には小さな人工池があった。
彼はその池の傍らにバケツを置き、網を持って池の中を伺った。
「おぉ...魚、これから穫るんだ」
魚の暴れるバシャバシャという水音にそれまで静かだった私達の心も掻き立てられた。

魚が焼けるのには10分ちょっとの時間が必要なのだそうだ。
その間、彼は私達に気遣ってかいろいろと話しかけてくれた。

「木が育つというのは早いものですね。私が小さい頃は低かった木も今では家よりも大きくなって、テレビが映らなくなってしまいました。うちのテレビは白黒テレビよりも映りが悪いです。外国の映画などやっていても字幕が読めないので全然わかりません。少し前に大きくなって邪魔な木があったので切りました。それは目薬の木だったのだそうで、今飲まれているお茶になっています。」

彼は人の目を真っすぐに見ながら、抑揚をつける事無く淡々と話し、語尾を濁らせる事がない。
それが私には気持ちよかった。

「私は馬頭高校という学校の水産科に行きました。馬頭高校という所は県内で唯ひとつの水産科のある高校で、そこは淡水専門の水産科なのですが、淡水専門の水産高校は全国でもひとつだけなのだそうです。周りの人達は魚釣りが好きで入っていた人が多いのですが、私は魚釣りは好きではありません。親がこの仕事をしていたもので水産の高校に行っておくか、と思って入りました。魚の養殖には興味がありました。高校を出てから就職したのですが、親に呼ばれて帰ってきてみると、この仕事をしなければならないような状況が用意されていました。親は釣りが好きで、釣り堀を始めたので一日中そっちに行っています。」

のんびり話を聞いているうちに魚は焼けた。

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魚が焼きあがる直前、彼はインターホンで母親に連絡をする。すると店内から温かい味噌汁とご飯が運ばれてくる。
私の岩魚焼き定食に、鮎を載せて記念撮影。

「この岩魚、大きいのを選びました。
人数が多い時は同じくらいのサイズのものを獲るので、大きいのを選ぶという事は出来ません。もし、次に来られた時に、今回より小さかったからと言って怒らないで下さい。今回が特別なんです。」

丁寧に御礼を言ってから頂いた。もちろんとても美味しかった。

「ひとつ、教えてもらいたい事があるんです。
たまにお客さんから、鮎と岩魚、どっちが美味しいですか、と聞かれる事があるんです。
何て答えたら良いのでしょうか。」

私が飲食業者と知ってか否かは定かでないが、私も幾つかの飲食店で働いているなかでこのような経験は何度かある。
「アップルパイvs洋梨のパイ」、「トマトソースのパスタvsオイルソースのパスタ」、なかには「ハンバーグセットvs天重セット」で質問された事もある。
以前、吉野家のカウンターで「牛丼vs牛皿・ライス」に悩む友人もいた。
「岩魚と鮎の焼魚定食¥2000」では解決しない問題だし、「鮎です」という思い切りの良い答えも違うだろう。もちろん「お好みですから」とか「ぜ~んぶ美味しいですよ~」というのも尤も過ぎて頓知が利いていない。

何て答えたらよいのでしょうか。

投稿者 nOz : February 18, 2005 05:58 PM
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