January 06, 2004

トッピング

「実は俺も鳴門巻きが嫌いなんだ。」と電話の向こうでA氏が囁いた。好き嫌いは多かれ少なかれ誰にでも見られる。特に料理のトッピングに対して、その傾向が顕著ではないだろうか。トッピングは味を調整するもの、香りを付けるもの、色や形を何かに見立てる造形的なもの、等があると考えられる。

香りに関しては三つ葉や柚子等の穏やかな香りを好む日本人の多くは、香菜(シャンツァイ)つまり「コリアンダー」等には好き嫌いの傾向が極端に現れる。極端な話、シャンツァイはカメムシの臭いにも似ている。逆にカメムシは植物の香りのエッセンスを更に凝縮したものだとも言える。そう考えると嫌われ者のカメムシもなんだか愛おしくなり、へっぴり虫とかへこき虫とかバカにしてたのが申し訳なく思えるが、家の中に進入してきたカメムシは容赦なく追い出すことにしている。
トッピングに対してその意味や価値を絶対認めない人もいるし、トッピングそのものが形骸化しているものも少なくないかも知れない。それに飽食の時代故に価値観が変化しているものもあるだろう。「あんみつ」や「みつまめ」にちょこんと乗っている缶詰めのサクランボも肩身の狭い存在になっている。あのサクランボも初めは味の変化を楽しむものであったに違いないが、いまどき缶詰めのサクランボを有り難がる者などいなくなってしまい、ただのピンクのお飾りに堕落している。
トッピングと言えるかどうか分からないが、冷麺のスープに浸っている果物の存在、あれも林檎や梨、夏場では西瓜等が浮いている。強烈に自己主張している訳でもなく、そうかといって同化している訳でもなく、正に浮き上がった存在である。麺と一緒に味わうものなのか、デザートとして味わうものなのか、冷麺の本場・北朝鮮の主席に尋ねないと解らないが、そんなこと怖くて聞けない。
それに比べると中華料理は機能的である。酢豚に使われているパイナップルは異質な存在であるが秘めたる消化酵素によって豚肉の消化を助けるミッションを持って存在している。

その昔、ピアニスト・山下洋輔が冬場に突然、冷し中華を食べたくなり、何故冬場に冷し中華がメニューから消えるのか憤りを憶え、全日本冷し中華愛好会(略称:全冷中)を結成した事は今となっては知る人ぞ知るのみである。その全日本冷し中華愛好会結成の年を鳴門巻きに因み、鳴門元年と名付け、全冷中の紋章には鳴門巻きが採用されていた。元号と紋章に鳴門巻きを採用した程であるから、鳴門巻きには深遠なる思想が隠されているに違いないが、その思想は奥義なのかどこにも記されていない。

再び雑煮に戻って鳴門巻きのレゾン・デートルを考えてみると、関東風雑煮のトッピングには山の幸は幾つかあるが、海の幸と呼べるのは鳴門巻きだけである。つまり、鳴門巻きは海の表徴であるばかりか、神話によって海の渦潮の雫から生まれたとされる豊葦原瑞穂の国を象徴するものでもあり。日本誕生のメタファーなのだ。誕生のメタファーであるから何かに似ていても良いのである。何に似ているか詳しい事は言えないが、想像してほしい。

投稿者 iGa : January 6, 2004 07:28 PM
コメント

あの1977年(昭和52年)4月1日、つまり四月馬鹿の日ですが、僕も有楽町の読売ホールに行った馬鹿者の一人です。山下洋輔トリオと大駱駝艦 のセッションでは 麿赤兒は中華思想の表象である中華鍋を甲冑に見立てた衣装でパフォーマンスしてましたね。

Posted by: iGa : January 9, 2004 10:57 AM

十年程前の今頃、スナックのカウンターで飲んでいて、目の前に飾ってある鏡餅の意味を教えてもらったことを思い出しました。古来日本人の性は大らかなものだったのよ、おめでたい事なんだから、という話で、ママは鏡餅の傍らに飾ってあった古いぐい呑みを、大事そうに見せてくれました。ひっくり返して御覧なさい、と言われるままに器を返すと、たいへんリアルに誕生のメタファーが描かれており、急に酔いがまわった気がしました。ママはその器を誇らしげに棚に戻し、ふくよかにしかしどこか鋭く微笑んで見せました。鏡餅を見ると必ず思い出します。

Posted by: noz : January 8, 2004 08:58 PM

山下啓義氏語る全日本冷やし中華愛好会秘話は最高に可笑しく、今日、夫が家の外構についてAki氏にお伺いをたてる真面目な電話の最中に、不届きにも私は傍らでひーひー笑っておりました。記事によれば、全冷中結成の年は「冷中元年」、後に筒井康隆氏が会長に就任した際、冷中3年を「鳴門元年」に改めた、とありました。私や夫が幼稚園で鼻を垂らしていた時、世の中ではかくも愉快な旋風が巻き起こっていたのですね。
かつて、おかめうどん定番の具、東京ラーメンの象徴だった鳴門巻きは、今や添加物だらけの食品になってしまったと聞きました。健康食品ブームに乗って、おいしい鳴門巻きが店頭に上り、蕎麦屋のラーメンの具として大大的に復活することを切に願っています。

Posted by: noz : January 8, 2004 08:37 PM